湊三嶋大明神社 ~饒速日命と瀬織津姫を祀る愛媛の神社~

はじめに

私の住んでいる愛媛県松山市の三津浜。

近所の歴史などについては、ほとんど調べることはないのですが、
最近いろいろと河野氏関係のことについて調べてみると、
思いがけない発見をすることもあります。
(信長の野望に出てくる河野氏って存在感ないので、
あんまりおもしろくないですが。)

饒速日が大和に向かうルートも、四国北部を通ったという説もあり、
三津浜にも立ち寄ったともいわれています。

本記事の「湊三嶋大明神社」は、三津浜港の近くにある小さな神社。
散歩がてら休憩でよく訪れる人目にもつきにくい神社で、それほど歴史もない神社なのだろうと思っていたのですが、調べてみると想定外な発見をするのでしたー

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湊三嶋大明神社のある場所

湊三嶋大明神社は、三津浜港のにある、河野水軍の砦港山城跡の麓にあります。
三津浜港の内湾で城跡に隠れているので主要道路側からは人目につきにくく、近所の人さえほとんどわからないような場所です。
近くには「三津の渡し」があります。

正面に見えるのが港山城跡で、麓にみえる建物が湊三嶋大明神社。

由緒

Torii gates

聖武天皇時とは、つまり奈良時代。
河野氏の始祖とされる、河野玉純(玉澄)が松山市の北にある風早郡(旧北条市)に住み始めた時代に、越智氏が崇拝する大三島大明神をこの地に勧請したと伝わります。
鎌倉時代、源平合戦で活躍した河野通信の時に、現在地に移転したようです。
元寇襲来の時代に饒速日命、伊予王子等など越智氏に関わる氏神を祀ったとされます。
室町時代、応仁の乱時になると予州家当主河野通春がこの港山城に居住し、湯築城の本家と争います。
通春が死去後、この神社の祭神として祀られています。

往古、湊山に鎮座し、御津大明神とも湊大明神とも称した。聖武天皇神亀5年8月勅詔によって国司小千宿弥玉興、玉純父子が、伊予九四郷に一社宛、大三島大明神を勧請のとき、此の湊山に勧請し、本郷一宮と称えた。
 文治2年河野四郎通信が湊山に築城のとき、当社を山の南麓に奉遷した。文永、弘安年中蒙古襲来のとき河野通有、同通純は水田三反を献じて武運長久を祈り、元弘3年9月河野伊予守通能は神殿を修理し、北條太夫越智親孝、同新太夫越智親経は此の地に別亭を構え、その祖、饒速日命、伊予王子等の神霊を祭祀した。河野通春、同通篤は湊山に居城して尊崇篤く、文明年の足利勢と合戦死後の霊を祀った。
 慶長年間加藤左馬守嘉明は社殿を修理し松平隠岐守が藩主となっては御用船出入り安全海路守護神として尊崇し、社殿を修理、毎例祭には代参があった。また、往古より住民ならびに航海を業とする者等、大綿津見命、速秋津神等を奉斎し伊予の熟田津、成田津、秋田津の総守護神、三津大明神と称して尊崇し、湊大明神とも称え、後に湊三嶋大明神社と称した。

湊三嶋大明神社

祭神

大綿津見神(おほわだつみのかみ)
速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)
瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)
伊吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)
大山積神(おほやまつみのかみ)
雷神(いかづちのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
饒速日命(にぎはやひのみこと)
伊予皇子(いよのみこ)
上筒男神(うはつつのをのかみ)
中筒男神(なかつつのをのかみ)
底筒男神(そこつつのをのかみ)
武雷神(たけいかづちのかみ)
経津主神(ふつぬしのかみ)
越智宿弥通春公霊(おちのすくねみちはるこうのみたま)

驚いたのは祭神の多さもありますが饒速日命と瀬織津姫さんペア―がいるではありませんか!
他にもだいたいは水に関わる祭神が勢ぞろいですが、武雷神、経津主神といった物部氏の剣の神もいます。
越智/河野氏の氏神オールスター揃い。

愛媛の神社を調べている愛比売伝さんのブログにものっていない神社・・。



水軍らしき神様の勢ぞろいですが、
・瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)
・速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)
・伊吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)

の三柱も注目です。

上記3柱に速佐須良比売(はやさすらひめ)を加えた4柱を
祓戸大神(はらえどのおおかみ)
といいます。
祓戸(祓所、祓殿)とは祓を行う場所のことで、これらの神は葦原中国(日本)のあらゆる罪・穢を祓い去り、「大祓詞(おおはらえのことば)」にはそれぞれの神の役割が記されています。

瀬織津比売神(せおりつひめ) — もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流す

速開都比売神(はやあきつひめ) — 河口や海の底で待ち構えていてもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込む

気吹戸主神(いぶきどぬし) — 速開都比売神がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ男神

速佐須良比売神(はやさすらひめ) — 根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって失う

祓戸大神

神紋

折敷に三の字紋

越智氏・河野氏でおなじみの家紋です。

風景

伊予鉄「港山駅」の近くにある看板。
散歩の途中に
三津浜の「三」、三嶋の「三」、折敷に三の字紋の「三」
と「三だ!」と言わんばかりに訴えかけるこの看板。
住んでる住所は「辰巳町」。
もう、これでもか!というくらいに、蛇と三が私の人生においてつきまといます。
蛇神大物主神を祀り、祖先にもつながる奈良桜井市の大神神社(おおみわ神社)のシンボルも三
(蛇を意味する数字)。
カバラ数秘術も「3」。
祖先が治めていた場所は「桜三里」、姉夫婦が住んでいる場所は静岡の「三島」。
そういえば、姉の旦那さんは京都出身なのですが「得能」姓。河野氏につながる姓です。
小学校の通知表もオール3、高校最高順位、大学卒業順位も3でした。
トップに慣れない悲しい運命。

人ってある法則に従って生かされているなと感じるこの頃です。
なかなか人は自分の思いどおりの生き方ってできないのだ。

河野通春公の名前も書かれています。
何度も目にする名前で知ってはいても興味はなかったです。ハイ

踏切を渡ると人通りの少ない細い道。

道を進んだ突き当りに「三津の渡し船場」があります。
無料で向こう岸まで渡してくれるプチ観光スポット。

「鶴瓶の家族に乾杯」の番組の撮影で鶴瓶さんと具志堅さんがきていました。

突き当りを右に見える鳥居が湊三嶋大明神社。
左にみえるフェリーが停泊している場所が三津浜港です。
私のよくくる休憩スポット。

神社の鳥居。
敷地は画像でみえているだけの大きな神社ではありません。
本殿は、ちょっと階段あがった場所にあります。

本殿。

ここからは、三津浜港の全景と正面遠方に松山城と石鎚山がみえます。
ちょっと霞んでいてみえませんが・・。
松山城をバックにした三津の渡し船は絵になります。

現在は、小さな漁船が停泊しているレトロな港町という場所ですね~。

参考リンク

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